氷室京介の若い頃がイケメン過ぎ!!現在の活動情報や居場所は?

Pocket

スポンサードリンク

今回は、伝説のロックバンドBOOWY氷室京介さんについて紹介します!

1987年にBOOWYが解散してから、ソロで活動し現在はLAに拠点を移した氷室さん。あまりメディアに出ることが少なくなった氷室さんですが、現在の活動はどのようなことをしているのか気になりますよね?

BOOWY結成から解散までを振り返りつつ、現在の氷室さんの活動情報をまとめました!

【画像】氷室京介の若い頃がイケメン過ぎる!!

群馬から上京し、あっという間にスターになり、BOOWY全盛期で解散だなんて、その音楽への向かい方もとてもかっこいいですよね。

でも、かっこいいのはそれだけでなく、顔もめちゃくちゃイケメンだったんです!

スポンサードリンク

なんだか威圧感が凄い写真ですが・・笑

右から3番目が氷室さんです。俳優さんと言っても不思議ではないくらい顔が綺麗ですよね!

ライブの時に、布袋さんのギターソロの時でも氷室さんの顔をずっと見ている人ばかりというのも頷けますね。。

堀が深く、鼻筋が通っていて、ちょっと昔の反町隆史さんにも似てますね~。現在の氷室さんも色気がありとてもかっこいいですが、若い頃もめちゃくちゃイケメンでした!

現在の氷室さんはどのような活動をしているのでしょうか?氷室さんがデビューした頃から活動状況を振り返りつつ、調べてみました!

氷室京介さんのプロフィール(若い頃の写真も)

本名  寺西修
愛称  ヒムロック、氷室狂介
誕生日 1960年10月7日
出身地 群馬県群馬郡倉賀野町
学歴  群馬県立藤岡高等学校
ジャンル ロック、ビートロック、ハードロック、オルタナティヴロック、AOR
職業   ボーカリスト、シンガーソングライター、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー
担当楽器 ボーカル、ギター、キーボード

BOOWYとしてのイメージが強い氷室さんですが、実はデビューしたのはBOOWYとしてではなく、『スピニッヂ・パワー』という別のバンドでした。

アマチュア時代からデビューまで

氷室さんが有名になるきっかけは1979年のヤマハ主催の「EAST WEST」でした。「EAST WEST」は当時のアマチュア・ミュージシャン達にとっての登竜門で、その年の関東・甲信越大会では氷室狂介と松井恒松が所属する『デスペナルティ』と布袋寅泰率いる『BLUE FILM』が決勝を争いました。

群馬県内で注目を集めていた彼らデスペナルティはこのコンテストで入賞したのをきっかけに上京を決意。

上京してからは、「Being」という音楽事務所と契約を結んでいたのですが、練習を開始してしばらくすると突然事務所側から『バンド解散』を言い渡されてしまいます。一方的に理不尽な命令を突き付けられた氷室さんたちは、結局バンドを解散させました。

そして氷室さんは、事務所からの命令で『スピニッヂ・パワー』の2代目のボーカルを務めました。しかし、これまで氷室さん提案がやってきた音楽性とは全くかけ離れていることに苦しみながらひたすら耐える日々を送りながらも、1980年に氷室さんはバンドを脱退

音楽業界に失望した氷室さんは群馬に帰ることを考え始めていました。そんななか1980年7月5日に日比谷野外音楽堂でRCサクセションのコンサートを見て衝撃を受けた氷室さんは、もう一度バンドをやろうとメンバーを探します。その時に思い出したのがかつて「EAST WEST」で対決した布袋寅泰さんの事でした。当時布袋さんも上京し、色々なバンドを渡り歩いてきましたが、なかなかしっくりくるバンドと出会えずにいました。そんななか氷室さんから電話で連絡があり、六本木のアマンドで再開を果たします。

残暑見舞い ギフト 人気 ランキング 夏ギフト おすすめ 六本木 アマンド 六本木ガトーバトン (AD)

これまではライバル同士の二人でしたので、じっくりと会話をしたのはそれが初めて。あらためて話してみるとお互いの音楽の趣味が凄く似ているという事が分かりました。そして氷室さんから「一緒にバンドを組もう」という提案をし、布袋さんがOKの返事を出したのはそれから数日後の事でした。

そして二人がバンドを組んだことを聞きつけて、デスペナルティの元メンバーの松井恒松さんが加入。その後布袋さんの昔のバンドメンバーの諸星アツシとサックスの深沢和明、元スピニッヂ・パワーの木村マモルさんが加入し6人体制で1981年に『暴威』として活動を開始します。

暴威→BOOWY→解散まで

もともと提案されていたバンド名は『群馬暴威』だったのですが、メンバーの猛反対で『暴威』となりました。新宿ロフトを中心にライブ活動を精力的に行っていきます。

6人体制で初めてのライブはオーディエンスが13人で、その中の一人はのちのメンバーとなる高橋まことさんでした。実は、ドラムの木村マモルさんは、正式なメンバーが決まるまでのサポートメンバーとして活動しており、同時期にファーストアルバムのレコーディングが始まっていたにもかかわらず、『脱退したい』と申し出ていたのです。

そんな中、ライブに着ていた高橋さんが暴威加入のオーディションに来て、正式メンバーとなり、木村さんと入れ替わる形となりました。

そして、1982年に『暴威』を英語表記の『BOOWY』とし、ファーストアルバムMORALを発売します。

MORAL

また、同じ年に深沢と諸星が脱退し、氷室・布袋・松井・高橋の4人体制で活動をしていくこととなりました。精力的にライブ活動をしていくうちに、瞬く間にブレイクしていったBOOWY。

もともと『一位をとったら解散』と始めたバンド活動だったので、その言葉通りBEAT EMOTIONが初登場一位になったこともあり、1988年4月4日、5日に東京ドームで行われた『LAST GIGS』にてバンドとしての活動を終了しました。

【何してるの?】氷室京介さんは現在の活動情報や居場所は?

最近はあまりメディアでの露出もなく、表立った活動が見られない氷室さんですが、現在はどうしているのでしょうか?

氷室京介さんは現在ロサンゼルスのシャーマンオークスの豪邸にいる!

1994年にロサンゼルスに拠点を移した氷室さんですが、あちらでは度々元気な姿が目撃されているようで、カフェやファストフード店での目撃情報があります。

また、ロサンゼルスでの住まいはかなりの豪邸のようで、2004年こに購入した6億7000万円の邸宅に住んでいるという事です。

寝室7部屋、浴室8室ってもはやホテルですね!!

氷室さんレベルになると、世界中の著名人と交流がありそうですので、このくらい部屋がないと不便なのかもしれないですね。

この豪邸は、シャーマンオークスのゲーテッドコミュニティ(ゲートで周囲を囲み、住民以外が敷地内へ出入りするのを制限した区画)にあり、裕福な方が集まる地区なのだそう。

以前はビバリーヒルズに住んでいたという噂もあり、シャーマンオークスか、ビバリーヒルズどちらかに住んでいるというのが濃厚な線です。

また、氷室さんと仲のいいX JAPANのYOSHIKIさんもロサンゼルスに住んでいます。

YOSHIKIさんの記事についてもお楽しみください♪

元KAT-TUNの赤西君もロサンゼルスに在住していたことがあり、それがきっかけで氷室さんがKAT-TUNに楽曲の提供もしていたことがあります。

ロサンゼルスに縁のあるアーティストって、結構多いんですね!

ジャニーズ関連の記事もお楽しみください♪

⇒元KAT-TUNの田中聖の弟で、カスジュと呼ばれてしまっている田中樹

⇒田中樹と同じSixTonesのメンバー松村北斗

昔は白金台に住んでいた?!

情報は定かではありませんが、かつては白金台に住んでいたこともあったようです。

  最近の活動は?

2016年に行ったツアー、「KYOSUKE HIMURO LAST GIGS」でライブ活動引退宣言をしている氷室さん。現在は何をしているのでしょうか?

調べてみたのですが、これといって情報がありませんでした。

ただ、「KYOSUKE HIMURO LAST GIGS」のMC中に『還暦になったら新しいアルバムを出したい』という趣旨の発言がありました。氷室さんは2020年で60歳を迎えるので、もしかしたらそれを目指して今ちゃくちゃくと準備を進めている所かもしれませんね!!

いかがでしたでしょうか?

今も熱狂的なファンの多い氷室さん、今後の動きに注目ですね!!

スポンサードリンク
関連コンテンツ



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

error: Content is protected !!