土橋安騎夫の結婚、嫁・娘など家族について調査!穴井夕子との関係は・・?

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独特な歌声とファッションで1980年代のバンドブームを牽引し、「フレンズ」を大ヒットさせたREBECCA。今回は、REBECCAのキーボードを担当していた土橋安騎夫(どばしあきお)さんについての結婚情報や家族について調べてみました!

プロフィール

誕生日 1960年9月19日
出身地 東京都三鷹市
血液型 AB型
学歴  立教高校、立教大学

土橋さんは東京都三鷹市の出身で、脚本家の父親土橋成男さんと、障害児早期教育者の母親土橋とも子さんの間に生まれました。なんだか優秀な一家って感じですね!!

優秀な両親をもつ家庭で育った土橋さんは、子供の頃からピアノ、フルートを習っており元々はクラシック出身者でした。立教大学に在学しているころからプロのアーティストを目指してバンドを組み、各地のライブハウスを回っていました。「コンテスト荒らし」として名を馳せるバンドでしたが、デビューの夢を果たすことは出来ないままバンドは解散となりました。その後にすぐ、レコード会社CBS/ソニーのオーディションに合格し、1983年にレベッカに加入となりました。

土橋さんがレベッカに加入した翌年の1984年にメジャーデビューが決定。土橋さんの夢だったデビューが叶いました。
しかし、1985年にそれまでリーダーを務めていた小暮武彦さんとドラムスの小沼達也さんが音楽の方向性が違うという事で脱退。デビュー以降レコードセールスも伸び悩んでいたこと、バンドの作曲者であった小暮さんの脱退により一時は「解散」の話も浮上するほどでしたが、土橋さんが2代目のリーダー、サウンドプロデュースを担い新体制で再出発することとなりました。

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バンドの発起人であった小暮さんが脱退し、レベッカのブレインとして活動していく覚悟を決めた土橋さんは、それまでのロック路線をやめ、当時流行していたマドンナやシンディーローパーなど海外の女性シンガーのスタイルを取り入れ、シンセポップ路線にシフトしていきました。

大ヒットした「フレンズ」など、新体制になってからのほぼすべての楽曲を土橋さんが作っていたことを考えると、NOKKOの歌声と、土橋さんの作る音があってのレベッカだったのだなと思わされますね。

レベッカの代表曲

フレンズ

1984 ウェラム・ボートクラブ
1985 REBECCA IV~Maybe Tomorrow~
1986 RASPBERRY DREAM
1987 MONOTONE BOY
1988 MOON
1989 LITTLE ROCK
1999 フレンズ ~remixed edition~
2000 神様と仲なおり/HELLO TEENAGE
2002 Raspberry Dream/Tatoo Girl

土橋安騎夫さんに結婚相手(嫁)や家族はいるのか?

あまり生活感を感じさせない土橋さんですが、プライベートでは結婚などしているのでしょうか?

大きなお世話かもしれませんが・・・調べてみました!

インターネットや過去の雑誌インタビューからは、結婚の事実は分かりませんでした。写真の手元を見ても、指輪をしていないことから、もしかしたら独身の可能性もありますね。

既婚者でも指輪をしない方もいるので、実際はどうなのか、分かりませんが今後新しい情報が分かり次第追記したいと思います!

穴井夕子のプロデュースも!

土橋さんの名前を検索すると「穴井夕子」という名前が出てきますが、これは過去に土橋さんが穴井夕子さんの曲を作ったことがあるからです。

穴井夕子さんは「東京パフォーマンスドール」というグループに所属し、歌手・ラジオDJとして活動していました。この「東京パフォーマンスドール」、今や大女優の篠原涼子さん、仲間由紀恵さん、笛木優子さんが所属していた結構すごい集団なのです!

その穴井夕子さんのソロ曲の作詞作曲を手掛けていたのが土橋さんでした。そのため、穴井さんの曲もレベッカを彷彿させるものとなっています。

BAD/but ENOUGH

穴井夕子さん以外にも、松田聖子さんの産休明け一枚目のシングル「Strawberry Time」も土橋さんが手がけており、プロデューサーとして広く活躍されています。

Strawberry Time

いかがでしたでしょうか?今後も土橋さんについて新たな情報がありましたら随時更新いたします!

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